私の弟がヤンデレ過ぎて困る。
夜に侵食されていく、昼。
やがて、星が見えて、通学路の街灯に光が灯る。
「…随分、遅くなっちゃったね。おねぇちゃん。」
隣を歩く、ショウの顔が街灯に照らされ、綺麗に映る。ずっと、見ていたくなるような、そんな姿だった。
『…そう、だね…。今日は色々あったね。ちょっと、疲れたよ。』
はぁ、と溜め息を洩らす。
本当に、凄い1日だった。
「…おねぇちゃんは、優しいね。」
ショウが笑みを浮かべて、私にそう言った。熱の籠った瞳で、私を射ぬいて。
「…だって、俺とあの金メッキの両方を庇ってくれたんでしょ?そうじゃなかったら、あんな嘘つかなくても良かったから。」
『…………そう、かな…?私、そこまで優しくはないと思うけど。』
「…ふふっ、優しいよ。おねぇちゃんは。俺が出会って来た人の中でいちばん優しくて、…大好きだよ。おねぇちゃ…」
『ショウ。ココ公衆の面前ですから!』
慌てて、ショウの口を塞ぐ。
通りすがりのサラリーマンの中年オジサン二人組が、ショウのただならぬ目線と話を聞いていたのか、口をあんぐりと開けて、目を見開いていた。
お、お熱いですね…。と台詞を残しながら走り去っていった。
『…うわぁ、なんか死にたい。』
私が、羞恥心で首を括っていると、ショウの口を塞いでいた手を、あむっとショウに噛まれた。
『―――――――。』
「あ、ごめん。おねぇちゃん。舐めようとしたら、歯が当たっちゃった。」
『どういう、謝罪!?』
「…だって、やっと俺のコト見てくれたと思ったら、また違うトコ見ちゃうんだもの。俺、だって、嫉妬ぐらいはするよ。」
『…あの、サラリーマンオジサンに?』
「うん。おねぇちゃんの目につく、視界に入る全てに嫉妬する。俺以外を見てる時点でイライラするんだ。俺は、おねぇちゃんしか、見えないのに。」
い、医者ァ!!
即、病院行きだよ!おもに、頭の!
だ、駄目だ。ヤンデレが更に悪化している。すくすく、育っている。これは、…病院が迎えに来るしか、方法はないんじゃないか?
「…―今、ものすごーく失礼なコト考えてたでしょ?」
『イヤァ…ソンナマサカ。』
「…………ふーん。」
ヤバい。
一気にショウの機嫌が悪くなった。
こうなったら、またあの…禁断のモテテクを使わなければいけないのだろうか?神経と自尊心を削いで。
それだけの、メンタルポイント通称MPなど存在しない。寧ろ、枯渇した。
どうすれば…、もういっそのことほっとくという手もあるけれど…。
いや、そんな事をしたら、ますますショウのヤンデレが悪化してしまう。
今はやっていない【異物混入】もやってのけるかもしれない!
あぁ、つらい。
私が心の中で悪戦苦闘していると、ショウがいきなり何ががきれたかのように、笑いだした。
え?え!?まさか、自暴自棄のヤンデレルート行きます?いっちゃいます??
「…ッはぁ、今思い出しても面白いや。おねぇちゃんのフライングクロスチョップ。」
河原君をコンクリートに沈めた技だ。その時の羞恥心が一気に頭の狭い個室に駆け巡る。
『……頼むから、忘れて。』
「俺、一生忘れないからッ…クッ…ふふ、おねぇちゃんの…勇、姿…ふはっ!」
『…わ、ら、う、な、』
「…でも、忘れないよ。おねぇちゃんが、俺を必死に守ってくれたコト。」
ショウが、笑いすぎて出た、涙の雫を指で擦る。そして、またいつものように、微笑む。
「…今日は、久々に焼肉でも食べようか。おねぇちゃん。俺が奢るよ。」
『マジで!?』
「うん。帰りはちょっと遅くなるのが、イヤだけど、…おねぇちゃんと一緒なら俺は何処へでもついていくよ。」
さぁ、行こう。おねぇちゃん。
差し出された手を握る。
久々の焼肉が食べられるというのに、釣られたのもあるが、ごく自然にその手を握った。
その様子を見て、ショウは嬉しそうに顔を綻ばせていた。