私の弟がヤンデレ過ぎて困る。
「ニノマイちゃん。覚悟はいいか?」
保健室で、炭酸飲料まみれの上着を脱いで、私の顔を老若男女どんな人種が見ても、戦慄するような眼孔で睨み付ける。
私は、涙目で河原君にタオルを渡すしかなかった。
河原君は、無言で受け取り、柔らかさそうな純白のタオルで、顔を拭く。
河原君は、怒り心頭だ。
森本先生が、遠巻きに私を見る。
なにしたんだ、おまえ。
みたいな顔で。
『…河原君、本当にごめん。私が走ってた時に、揺れて、…あの、誠に申し訳ありません。』
「死ね。」
『……ごめん。』
河原君は、淡々と自身の制服を脱いでいく。炭酸飲料が染み込んだ上着と中のシャツは、再起不能で今日中に着れそうにない。
河原君は、上半身裸で顔をタオルで拭きながら、保健室のソファに座っている。
河原君の裸は、体育会系顔負けの体つきだった。
流石、ヤンキーで暴れまくって、有名になっただけはある。
でも、今はそれどころじゃない。
「…あんまり、謝るんじゃねぇよ。反射的に、手が出そうになるからな。」
『……………あの、…その。』
口ごもる私に、だんだんと近付いてくる河原君。
私の両手首を掴み、ギリギリと締め上げる。
『――――いっ、ッ。』
「か、河原さん!止めなさい!」
「…こっちの、手か。」
河原君は私の手首を捲り上げてみると、ショウにつけられた痣が顔を見せる。
「やっぱ、あの坊っちゃんだよなァ。」
河原君が、ニヤリと笑った。
坊っちゃん?
ショウの事だろうか?
ショウが一体何をしたんだろう?
ショウは、何もしていない筈だ。
あの時、【極悪炭酸はじめ君】を持っていた以外は…………………………。
…いや、待てよ。
まさか。
「どーせ、坊っちゃんにしてやられたんだろ?ニノマイちゃん。」
河原君が、嘲笑を含めた笑みを浮かべて、まじまじと手形の痣を見る。
「それにしても、お前の弟マジキモいな。シスコンにも程があるっつーの。ナニ?今流行りのヤンデレってヤツ?ヤンデレは、2次元で第三者目線で観察するから面白いのに、リアルヤンデレとか。マジ引くんですけど。ニノマイちゃんも、大変だな。」
『…河原君は、なんでも…お見通しなんだね。』
河原君が、私の言葉に、またニヤリと口元を吊り上げて笑った。
「当たり前だろ。俺にモノ渡した時に見えた手首の痣で、大方予想つくし。…でも、まァ…こんな頭にくるやり方でくるとは思わなかったけどなァ…?」
河原君の眉間に皺が寄る。
…あ、まだ怒ってるんだ。
「…当たり前だろ。クリーニング終わりの制服が3日経たずに、ジュースまみれだぞ。ギリギリ全殺し決定だわ。俺の脳内に、お前の弟インプットしたから。…ただでは、殺さねぇ。」
河原君が、悪人面で、学校の貸出の白シャツを着て、頭をタオルでごしごし拭いている。
「…チッ、安いガムみてぇな臭いが頭についた…ッ!」
心底、忌々しそうにそう吐き捨てた。
自分のご所望の炭酸飲料を、安いガムの臭いって…、凄いな河原君。
タオルを投げ捨てて、森本先生に「洗面所、借りるぞ。」というと、カーテンの奥の保健室専用の大きい洗面所に行った。
河原君の使う洗面所の水の音が、聞こえる。
河原君のソファに脱ぎ捨てた制服を、綺麗に畳む。そして、まとめて置く。
ショウの悪戯に、気がつかなかった私も悪いと思うから。
すると、私の様子を見ていた森本先生が、私にソファに座るように言った。
そして、救急箱から湿布と包帯を出すと、私の痣がある手首に湿布をはった。
そして、包帯を丁寧に巻いて、金具でとめる。
『…あの、ありがとうございます。』
「いえ、良いですよ。これくらいしか、出来ませんが、何かがあれば…すぐに、相談してください。」
森本先生が、真剣な表情でそう言った。ショウが私にした事を、重く受け止めているらしい。
『…私は、大丈夫ですよ。』
私は、森本先生にそう言った。
自分に、言い聞かせる様に。