不自由恋愛シンドローム
「あ」
咲が慧を、正確には左の袖口を指差して言う。
「え、何?」
「ボタン。袖のボタンとれそう」
「ほんとだ・・・」
「ちょっとまって、着たままでいいから。今つけてあげる」
「いいよ、帰ったら自分でやるし」
言いながら慧はとれかかっていたボタンを引きちぎる。
「すぐだよ」
咲は既に針に糸を通していた。
「じゃあ・・・」
イスに座って向かい合う。
着たままやっているので咲の形のいい耳がすぐ目の前にあった。
化粧の匂いでもシャンプーの匂いでもないいい匂いが慧の鼻をくすぐる。
たぶん咲そのものの匂いなのだろう。
それは今まで一度も意識して見たことなんて無かった、
うなじや首筋から漂ってくるのだと、距離が極端に近いせいで気が付く。
「せんせ、実は器用なんだね」
「あはは、不器用そうってよく言われる」
笑って会話しながらでも、咲の指先は繊細に正確に仕事をする。
「でーきた♪」
「ありがと」
その時、慧のスマホが振動する。
姫華からだと見なくても分かる。