不自由恋愛シンドローム
「じゃ、先生俺行くわ。ごちそうさま」
「うん、本当にありがとう」
ドアを閉める前にふと思って立ち止まる。
「・・・・せんせ?」
「なに?」
「なんかあったら・・・・・俺で良かったら使ってよ」
咲はふっと笑う。
少し、寂しげに。
「ありがと」
そんなのは気休めだ。
それなのにそれを分かってても尚、言わずにはいられなかった。
準備室にひとり残った咲は残りのコーヒーを口に運ぼうとしてあ、と声に出す。
同じ袋に入れるとマフィンの甘い香りが移ると思い、
別で渡そうと思っていた肝心のハンカチを渡し忘れたのだ。
「やだ・・・・」
忘れないようにデスクの上に出しておいたのに。
そうまでしても忘れてしまったのはなぜか。
―男の力には絶対かなわない・・・・・
―どんなことされてもなんて言うなよ・・・・
女性の中でも決して低くは無い自分のそれよりも、
まだ20センチ近く高い慧の目線。
大きな手のひらと長い指は男性のものであると強く意識させた。
あの時、身体が固まってしまったように少しも動かすことができなくて。
でもそれは恐怖などとは全く違う・・・もっと別の・・・
しかし咲はそれ以上考えることをやめる。
考えたらいけない気がした。