お見合いに来ないフィアンセ
「ソファとかないから、床に座ってもらうかベッドになるけど……いい? あ、机の椅子でもいいよ」
「では、床に」

 私はグリーンのふわふわの絨毯に腰をおろした。

「床でいいの?」
「はい」

 ベッドはダメでしょ。
 机は……なにやら小難しい本が広がってるし、異空間って感じ。近寄れない。

「飲み物、用意するね」と小山内さんがキッチンに立った。
「あ、そういうのは私が! 小山内さんこそ座って……」
「じゃあ、一緒にやろうか。場所、教えるから」

 爽やかすぎる笑顔で、小山内さんが笑う。

 この人、本当に大丈夫だろうか?
 心配になる。

「あの! もう一度、確認させてください」
「ん? なに?」

 私は、ケトルにお湯をいれている小山内さんをまっすぐに見つめた。

「本当にこの状況を理解してますか? これがどういうことかわかってますか? 貴方は『小山内駿人』さんなんですよ? 小山内家のご長男で、小山内一族なんですよ? これでいいんですか?」
「いいよ」

 電源を入れてお湯を沸かし始めた小山内さんが、軽く返事をすると私は肩をがくっと落とした。

「おかしいな。小山内駿人って頭脳明晰のスポーツ万能な男子っていうイメージがあるんですけど」
「ああ、世間ではそう言われてるね」
「目の前にいる人が、頭脳明晰に見えないのはなんででしょうか?」
「言うねえ、美月さん」

 小山内さんがケラケラと笑い声をあげる。

「ここにマグカップあるから、好きなのを使ってね」と、上に取り付けられている戸棚を挙げてマグカップを二つ取り出してくれる。

「私はものすごく心配です」
「美月さんを幸せにしますよ」
「いや、そういうことじゃなくて。絶対、誰かに騙されてるって気がして。今までも、彼女や友達に騙されてきたんじゃないですか?」

 小山内さんが、紅茶の茶葉を引き出しから出した。
 高級そうな紅茶の茶葉をティポットに入れた。

「今まで付き合ったことないから騙されたことないよ。友達も騙すような人と絡まないしなあ」
「気づいてないだけかと……え? 付き合ったことない? 小山内駿人とあろう人が?」
「美月さんって面白いね。そこまで僕を心配してくれてるなんて。ありがとう」

 幸せそうに微笑む小山内さんを見て、私はさらに肩が重くなる。
 この人は騙されてても気づかない人かもしれない。


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