お見合いに来ないフィアンセ
「面倒くさい奴らがきて、ごめんね」と車に乗った小山内さんが謝ってきた。
「いえ……。大丈夫、です」

 大丈夫、なのか、な?
 大丈夫じゃないのかな。
 それさえもよくわからないや。

「男は舘岩。僕の監視役。で、女は相馬。母の一番のお気に入り女子。僕の婚約者にしたいらしい。が、僕は全く興味がない。二人とも母の操り人形だ」
「え? 舘岩さんが言っていたお世話しているってあながち間違ってないんだぁ……」

 冗談で言っているのかと思ってた。

「そうだね。僕のため、というより母のためにしか動かないけど。舘岩は少し僕よりなときもある。相馬は完全に母側の人間」
「お金持ちっていろいろと大変なんですねえ」

「お金持ちがってわけじゃないよ。僕の母が変人なだけ。何でも思い通りにならないとイヤなんだろうね。そういう生活が嫌で、一人暮らしをしているんだ」

 小山内さんが寂しく微笑んだ。
 寂しく見えたのは私が、勝手に『たいへん』という感情が混じってたからかもしれないけど。

 小山内さんが私の手を握ると、手の甲にキスを落とした。
『ちゅっ』と音が車の中に響いた。

「最初に言っておくね。僕はあまり人間を信用してない。誰もが母の操り人形じゃないかって見えてくる。誰が信用できるか。そうでないのか。そんなことを考えながら生活するのは面倒くさい。だから美月ちゃんが心配していた誰かに騙されるっていうの話は、僕には大丈夫。そもそも誰も信用してない」
「あ……じゃあ、なんで? 見合い相手の私と付き合うって決めたんですか? ますますわからない。私こそ。玉の輿だ、とか。騙しそうじゃないですか」

 小山内さんがフッと笑うと、身を乗り出して唇を重ねた。

 私の額に、小山内さんの額をくっつける。

 あ……ちかい。近いんですけど。
 小山内さんの格好いい顔が、すごい間近なんですけど。

 心拍数が跳ね上がる。
 顔に熱をもつ。

「美月ちゃんになら、玉の輿で騙されてもいい
 またキスをした。

「だ……騙されちゃダメでしょ! 誰かの差し金かもしれないんですよ」
「それを話す時点で、誰の差し金でもないでしょ」

 小山内さんがクスクスと笑う。

「それに本当にそう思ったんだ。相手が美月ちゃんなら、騙されてもいいって。何も知らないバカな男に成り下がっていい」

 小山内さんが助手席の椅子を倒す。
 
『アパートの駐車場で盛るな』
 助手席側の窓がコンコンと鳴り、声が聞こえてきた。

 小山内さんが体を起こすと、「またかよ」と低い声で呟く。

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