お見合いに来ないフィアンセ
「美月ちゃんって、見合いする前から僕のことを知ってた?」

 お風呂から出てきた小山内さんが、バスローブ姿で質問をしてきた。

 ひやっ。
 なんと、セクシー男子になってご登場とは。

 確かに。またジャージを着るより、バスローブを着たほうが普通の流れなんだろうけれど。
 見慣れない姿に、心臓が高鳴るよ。

 私の知っている小山内さんは雑誌の写真にのっている静止画の姿。
 大学のユニフォーム、またはジャージ姿。

 見合いをして、1度だけ私服を見ただけ。

 刺激が強すぎ。
 バスローブって……。キレイな鎖骨とか。胸板とか……見えるんですけど。

「お……お……」
「『お?』」
「あ、いや。ごちそうさまです」

 ぺこりと私は頭をさげた。
 今の私には、小山内さんの姿はセクシーすぎて、満腹です。

「ん? 僕のことを前から知ってた?っていう質問の答えは?……あ、そういうこと」

 小山内さんが、自分が着ているバスローブに目を落として『ごちそうさま』の意味を理解したらしく、クスクスと失笑した。

「小山内さんのことは知っていました。小山内さんの載っている雑誌はいつも買って読んでました。走っている姿もすごくきれいで。風みたい」
 走っている姿を思い出して、「ふふ」と私は自然と笑みがこぼれた。

 高校受験のとき、小山内さんの走っている姿を目にした。
 綺麗なフォームで、颯爽と走る姿に感動したのを今でも思い出せる。

 その走りに元気と勇気をもらった。
 高校受験で折れそうになった気持ちを繋ぎとめてくれたのだ。
 小山内さんが走ると、私も頑張れた。

 今の高校に合格できたのだって、小山内さんのおかげ。

「美月ちゃんも、お風呂に入って体を温めておいで」
「あ、はい」
「大丈夫。何もしないから」

 小山内さんが微笑むと、スマホを取り出して、操作しはじめた。


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