ワンルームで御曹司を飼う方法
クッションがあろうと地べたに座る習慣がないのか、結城社長はなんの躊躇も無く私のベッドに腰を降ろしていた。……初対面の女の子の寝具に腰掛けるのは遠慮して欲しいんですけど。そう言おうと思ったけど、そもそも突然転がり込んできた時点でそんな常識は破綻しているし、社長に向かって文句を言うのも躊躇われるのでやめておいた。
「紅茶ですけど、良かったらどうぞ」
ベッドに座ってものめずらしげにキョロキョロとしている社長に、淹れたての紅茶を差し出した。全然高価ではないけれど、趣味の散歩中に見つけた紅茶屋さんの美味しいダージリン。ちゃんとポットとカップも温めて丁寧に淹れている。私にとってはホッとくつろげる美味しい紅茶。ただし、社長のお口にあうかは不明だけど。
「どうも」とだけ言ってそれを受け取った社長は、相変わらずあっちこっちを眺めながらカップを口にした。そして、ちょっと驚いた表情をすると私の方に顔を向けて
「美味いじゃん」
なんて、たいそう上から目線の褒め言葉をかけた。褒められてるのに素直に喜べない私は「どーも」とだけ答えておく。
「どこのファーストフラッシュ?」
「そんな立派なものじゃないです。ノンブランドの安い茶葉ですよ」
そっけなく答えた私の言葉に、結城社長はまたしても顔に驚きの表情を浮かべた。
「へー、すごいね。もしかして紅茶淹れる達人?執事の資格持ってるとか?」
冗談で言ってるのか本気なのか分からない。段々彼との生活ギャップが苦痛になってきた私は、そろそろ本格的にこの状況を打破する決意を固めた。
「あのー……そろそろスマートフォン返してもらえませんか?」
社長の座るベッドの前に膝を着き手を差し出す。けれど彼は涼しい顔をしてカップをサイドボードに置くと口角を少し上げて微笑んだ。
「その前に名前を聞こうか。俺は結城充。さっき渡した名刺の通り、あんたの働く会社の……正確には親会社の社長だ」
考えてみたらこの人は名前も知らない女の部屋へ飛び込んで来たんだな。ただ社長と従業員という関係だけで。すごい度胸。そんな風に改めて感心しながら、私も一応自己紹介をする。
「宗根灯里です。この春から結城物流第二倉庫に派遣され事務員を務めています」
「なんだ、派遣なのか。まあいいか。歳は?」
「25です」
「ふーん。独り暮らし……だよね?誰か他にここ住んでる?彼氏とか」
「いいえ」
「ははは、良かった。男がいると話が面倒くさくなるからな。安心して泊めて貰えるよ」
何が可笑しいんだろうか。本当にマイペースというか自己中というか、私の気持ちはお構いなしなんだな。もはや会話の主導権は完全に向こうのものだけど、こうなったいきさつぐらいは聞く権利があると思い、今度は私から結城社長に尋ねた。