ワンルームで御曹司を飼う方法
そしてAM9時。
すっかり顔色も良くなり熱も下がった社長は、いつものようにオーダーメイドの高級スーツをビシッと着こなし髪を整え凛々しいビジネスモードへと変身した。
「外は空気が乾燥してるからなるべくマスクして下さいね。昼食もしっかり食べて。忙しくてもこまめに水分摂らなきゃ駄目ですよ」
それでも病み上がりの彼の身体が気掛かりで、ついついおせっかいをやいてしまう。
社長はネクタイを整えながら「へいへい」とゆるい返事をしていたけれど、その表情は機嫌が良さそうだった。しんどかった風邪から解放されて嬉しいのだろう。
秘書の人達には迷惑をかけてしまったし、もしかしたら社長自身のスケジュールも乱れてしまったかもしれない。そう考えると昨夜自分が取った行動が絶対正しいとは言い切れないけれど、それでも彼が心も身体も元気になれた事が、私はやっぱり嬉しかった。
やがて外からリムジンのエンジン音が聞こえてきて、うちの前で止まった気配がした。
きっとドアを開ければいつものようにスーツの人達が頭を下げて待機しているはず。
「それじゃあ気をつけて、いってらっしゃい」
玄関まで見送り声を掛けると、社長は靴を履いてから立ち上がり私の方を振り向いた。
「……?」
けれど、何故だか社長はこちらをじっと見つめたまま無言で動こうとはしない。
「……どうしたんですか?皆さん待ってますよ?」
少し切れ上がったキリリとした瞳がじっと私を映している。なんだか気持ちがソワソワしてしまって、思わず顔を背けようとしてしまった時だった。
「……宗根」
いつもより真面目な声色で呼ばれ、ハッと視線を彼に戻す。
「…………ありがとな」
そのお礼はいつもみたいにおどけていなくて、優しくて低い声で……私の胸の奥をぎゅうっと強く締め付けた。
「ど……どういたしまして……」
呆けたような口調で返すと、社長はにっこりと屈託無い笑顔になって
「ほんじゃ、いってきまーす」
とヒラヒラと手を振って玄関を出て行った。
「い、いってらっしゃい!ちゃんとお薬飲んでくださいね!」
その背中におせっかいな事を呼びかけながら、私は煩く鳴り続ける胸を掌できゅっと押さえた。