ワンルームで御曹司を飼う方法
観覧車が下りに入って空より地面に近くなった頃、社長は音も立てずに私の身体から距離をとった。
わずかな安堵と、胸を締めつける寂しさと、高鳴りのおさまらない胸。
何か話さなくちゃ、そう思って焦るのに口からは上手に言葉が出てこなくて。
もう一度キュッと唇を噛み締めたとき、
「なんとか落っこちないで到着しそうだな。いやースリルあったな~」
まるでさっきまでの沈黙なんか無かったような、社長のおどけた声が聞こえた。
ふっと、小さな車内の緊張感が解けた気がした。
「そ、そうですね。って、落ちるわけ無いじゃないですか。老朽化しても頑丈なのが古き良き庶民の遊園地ですから」
やっと顔を振り返らせることが出来て、私は社長のほうを向きながらおどけた言葉を返す。
「頼もしいよなあ、庶民のものってやつは。頑丈さだけがとりえって言うか」
そんなことを飄々と言う社長の様子はいつもと全く変わらない。自信たっぷりで余裕があって、ごく自然に人を喰ったような上から目線で。
けれど、そんな笑顔を見ながら考えてしまう。さっきの彼が何を考えていたのか、って。
……私、馬鹿みたい。私が勝手にどんな感情を抱こうが、別に社長がこちらを意識してるワケないのに。
自覚してしまった自分の想いが、なんだか改めて彼をどんな風に見たらいいのか分からなくて。
「ん?なんだよ神妙な顔しちゃって。もしかして乗り物酔いか?吐くか?」
「吐きませんよ。観覧車の頑丈さにちょっと感激してただけです」
ふざけた会話を交わしながら必死に浮かべた笑顔は、社長にどんな風に映ったのか。少しだけ気になった。