ワンルームで御曹司を飼う方法
「あー、やっと硬い座席から解放されたよ。いい加減尻が痛くなってきたとこだった」
観覧車から降りて社長は大きく伸びをしながら馬鹿馬鹿しいことをぼやく。本当にさっきの沈黙はなんだったのかと思えて、意識した私の方がなんだか馬鹿みたいな気がして来た。……でも。
「次はあの空飛んでる象みたいなのに乗ろうぜ。チープな子供だまし感がゾクゾクするね」
楽しそうに笑って象の乗り場に向かって歩き出した後姿に、私は少しだけ甘えたくなってしまって。
――……いいよね? さっきだって繋いだんだから。
やたらとドキドキする胸を抑えながら社長の背中に追いつき、勇気を出してそっと手を伸ばしてみた。もう一度、彼のしなやかな手を掴まえようとして。
けれど。
……私の手がかすかに社長の手に触れた瞬間。まるで避けるように、彼は自分の手をコートのポケットへと押し込めてしまった。
「あー寒い」なんて、付け足した言い訳のような台詞まで口にして。
「…………」
分かっていて避けられた気がして、私は呆然として一瞬足を止めてしまった。
自分でも驚くぐらいショックで、図々しく手を繋ごうとしたことが途端に恥ずかしくなってくる。
気のせいかもしれない、偶然かもしれない。別に避けた訳じゃないかもしれない。
必死に自分に言い聞かせて、泣きたくなってくる気持ちを堪えていると。
「どしたー?早く行かないと乗り物全制覇出来ないぞー」
後ろを振り返った社長が立ち尽くしている私を見て、のらりくらりとした様子で声を掛けて来た。
「あ……そうですね……」
無理矢理口角を上げて笑顔を作り、気持ちの整理がつかないまま歩き出す。
それからも沢山乗り物に乗ってさっきまでと変わらない楽しい時間を過ごしたけれど、もう緊張と切なさを纏うような距離も沈黙も訪れなくて。
私は一生懸命明るい笑顔を作りながらも、さっきより顔を俯かせることが増えてしまって。
遊園地が夕焼けの橙に染まるまで、どうしていいか分からない複雑な想いを抱え続けた。