ワンルームで御曹司を飼う方法

「これ、すんき漬けって言って、かぶ菜の発酵漬けなんです。お味噌汁に入れると美味しいんですよ。今夜のおかずに買って行きましょうか」

「へえ。漬物を味噌汁に入れるって斬新な発想だな」

 とても物珍しそうに私の手にしたパックをマジマジと社長が眺めていると、それを見ていたおばさんがクスクスと笑い出した。

「胡桃おはぎもすんき漬けもとっても美味しいから、ぜひ旦那さんも食べてみて下さいな」

「え゛っ!?」

 だ、旦那さん!?

 社長に向かって呼びかけたおばさんの言葉に、私は思いっ切り驚いて狼狽してしまう。

 た、確かに『今夜のおかずに買って行きましょうか』なんて会話は、ふたりで家に帰って一緒に晩ごはんを食べる関係でしかありえないし、それがましてや妙齢の男女ならば普通はそう思うのも無理はない。そもそも転がり込んできた社長と、ペットと飼い主の関係で同居してますなんて誰が想像できようか。

 けれど、私の胸には急速に観覧車でのやりとりが思い出され、なんだか恥ずかしくていたたまれなくなってしまう。

 どうしていいか分からず、俯き気味に「ちがうんです」と口の中でモゴモゴとしてしまったけれど。


「じゃあ、これとこれ買おうぜ」

「え……あ、はい」

 社長は私の手からパックを取ると、おはぎのパックとあわせてそれをおばさんの前に差し出した。

 ……否定も肯定もせず、いつもと変わらない余裕のある笑顔で。


「今度は奥さんに胡桃おはぎ作ってもらうといいわよお。今どき胡桃擦っておはぎ手作り出来るなんて、マメで料理上手ないい奥さんじゃない。良かったわねえ、旦那さん」

 会計を済ませると買った物をビニール袋に入れて渡してくれながら、まるで追い討ちを掛けるように、おばさんは私と社長を夫婦と勘違いしたまま喋り続けた。

 私はもうどう返していいか分からなくて、不自然に笑顔を作りながら黙りこくってしまう。

 けれどやっぱり社長は頷きも訂正もしないで、差し出された袋を「どうも」とニッコリ笑って受け取るだけだった。
 
 
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