ワンルームで御曹司を飼う方法
古い住宅街の駅だからか、夕方にも拘わらずホームは空いていた。
黙ったまま歩き続けていた社長がホームの中ほどで足を止め、乗車口を示す白線の手前で佇む。
私も同じように黙ったまま足を止め、その隣に並んだ。
快速通過のアナウンスが流れ終わると、駅は静かになって遠くの烏の声と冷たい風の音しか聞こえない。
そんな静寂の中、北風に髪を揺らせ夕焼けに染まった彼の横顔をそっと盗み見た。
改めて、綺麗な横顔だと思う。凛々しくて気高くて、けれどどこか孤独を感じさせる顔。
人のまばらな小さな駅のホームに、その姿は眩しすぎて溶け込めない。その孤高さがどうしようもなく切なくもあり、どうしようもなく魅力的に私の瞳には映った。
……いつの間にこんなに好きになっちゃったんだろう。
なんだか泣きたくなるような気持ちで、目を逸らした時だった。
「宗根」
社長はまっすぐ前を向きながら、隣の私を呼び掛けた。
そして、独り言のようにぼんやりと正面の空を眺めながら言う。
「今日は楽しかった」
「……うん」
小さく答えて、私は顔を俯かせる。夕日が眩しくて、北風が強すぎて、切なくて泣きたくて、前が向けない。
言動の全てを監視されている彼が私に向かって呟いたささやかな言葉。そこに籠められた本当の想いを掬って心に抱きしめる。
――今日は楽しかった。ふたりではしゃいだ時間も、恋に気付いた刹那も、いつも通りを装わなくてはいけない今この瞬間でさえも。
――楽しかった。ふたりでいたから。
同じ想いを抱いていると確かに感じたのは、ゆっくりとこちらを向いた社長の笑顔がとても苦しそうだったから。
眉尻を下げて困ったように、それでも口角を上げて私に笑いかける。
繋いではいけない想いが、苦しくて切なくて。
私はコートのポケットの中で今日のチケットの端切れを握りしめながら、一生懸命いつも通りの笑顔を返した。