ワンルームで御曹司を飼う方法

(俺ってすげえ馬鹿……)

 心拍数や血圧に変化が出ないことを祈りながら、昨日の宗根の姿を思い出す。

 吐き出さなければ死んでしまうんじゃないかってほど伝えたい言葉を飲み込み続けたのは、今の生活を壊したくないという必死な願いがあったから。

 そしてやっぱり俺は身体の芯まで“結城の後継者”という自覚が染み付いているから。これが許されないわがままだって、無意識に頭がストップをかける。


 それでも、昨日あいつの手を振り払ったことが、観覧車で抱きしめられなかったことが、後悔になって胸の奥で燻り続けている。


(本当に……どーすればいいんだよ、こんな気持ち……)

 俺は見つめていた自分の手の平をぎゅっと握りこむと、もう一度大きく息を吐いてからデスクに向き直した。


 結城充として、日本一のコンツェルンの後継者として生まれてきたことを、嫌になったことは一度もない。

 けれど俺は今初めて、この椅子から逃げ出したいと思っている。


 ――いずれ何十万人という人間のトップに立つ男が、知ってはいけない感情だった。


 俺は一度深呼吸をしてバイタルに乱れが出ないように注意しながら、いつものように仕事に取り掛かった。

 今はただ“いつも通り”を装うしかない。それが宗根のそばに居続けられる唯一の手段なのだから。


 いつか勘当が解けて実家に呼び戻される日まで。

 あの狭いワンルームで、俺はあいつのペットで居続けることを自分に誓った。


  
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