ワンルームで御曹司を飼う方法
――転職……かぁ。どうしようかなあ。
その日、仕事が終わって家に帰ってきても私はぼんやりと悩んでいた。思いついてはみたものの、方向性すらまだ分からない。もう1度正社員にチャレンジしてみるか、それとも安定性に欠けてもいいから何か目新しい職種に挑戦してみるか。
「……どした?さっきからボケーっとして。眠いなら早く寝たほうがいいぞ」
いつものように翻訳のバイト中だった社長が、膝を抱えて座ったまま宙を眺めている私に気付きキーボードを打つ手を止めて声をかけてきた。
「べつに、眠たいんじゃありません」
私は膝を抱えた姿勢のまま身体ごと彼の方に向き直す。
「……新しい事がしたいなあって、最近ちょっと考えてるんです」
その言葉を聞いて社長もパソコンから手を離し、こちらへ向き合うように座り直した。
「新しい事?何だ?また新しい種類の草でも育てて食べるのか?」
「そうじゃありませんよ。ていうか、いい加減『草』って言うのやめて下さい」
真面目に悩んでいるのに志の低い推測をされてしまった私は、改めて社長に説明する。
何かがしてみたい。年度替りを機に転職をしてみるかどうか。けど、自分は何をやりたくて何ができるのか分からない……と。
あまりにふわふわした悩みなので一笑に付されるかと思ったけれど、意外にも社長は真面目に聞いてくれて、最後にはニッと口角を上げて微笑んで頷いた。
「いいじゃん。新しい事がしたいってのは自分に自信がついてきた証拠だろ。お前にとっちゃスゲー事じゃねえの?」
「で、でも、何をしたらいいかまだ分からなくて……」
「手当たり次第に興味持ったものは片っ端からやってみろって。せっかく自分から動き出す勇気が出てきたんだ、足を竦ませんなよ、もったいねえ」
なんとも無責任で大雑把なアドバイスではあるけれど、莫大な成功体験を持っているこの人が言うと説得力が違う。思わず「そっか……」と感心してしまった。