ワンルームで御曹司を飼う方法
――ピー、ピー、ピー……
和やかに微笑んでいた社長の笑みを一瞬で引かせたのは、テーブルに置いていた彼の携帯端末が、そんな耳慣れない音を鳴らし出したからだった。
社長は端末を手にすると表情に緊張を漲らせ、
「……緊急連絡だ……」
と呟く。
そして通話ボタンをタッチし耳に押し当てると、受話口から流れてきた声に目を瞠った。
そんな彼の様子を見て何か嫌な予感がした私は、次の瞬間アパートの前に続々と集まってくる車のエンジン音やブレーキ音を耳にする。さらに続けて聞こえてきたのは慌しく人が降りてくる車の開閉音と不穏なざわめき。そして。
「充さま!お車とヘリの用意出来ています!お急ぎください!」
尋常じゃない様子でチャイムを鳴らし玄関のドアを叩く、彼の秘書の声。
――何……?何が起きたの……?
私の心臓が嫌な予感にどんどんと鼓動を早めていく。不安で顔をしかめながらドアの方と社長を交互に見やれば、彼は通話を切った端末を手にとても険しい表情をしていた。
そして、いつも前を向いている彼の瞳が足元を映しながら何処か虚ろな色を浮かべて言う。
「…………ジジイが倒れた。急性くも膜下出血で危篤状態らしい……」
あまりの衝撃に、驚きの声は私の口から出てこなかった。
さっきまでの平和な日常が嘘のように不安一色で塗り替えられていく。まるで突然、別の世界に飲み込まれてしまったかのように。
あの社長が、驚きと不安を隠しきれない表情をして立ち尽くしている。ドアの向こうでは彼を急かす声と扉を叩く音がずっと響いていて、それが私の耳にはまるで日常を壊していく音に聞こえた。