ワンルームで御曹司を飼う方法
――何か言わなくちゃ、何か。
そんな焦燥が胸に芽生えるものの、動揺して言葉一つ出てこない。
たったさっきまで元気に活動されていた総会長が突然の危篤状態に陥ったのだ。結城コンツェルンにとってどれほど大きな事態か、きっと日本中の経済を巻き込む程の事態に違いない。
そしてそれは総会長の座を父の次に継承する社長の肩に、容赦なく圧し掛かってくる重圧だ。
それに加え、総会長であるお爺さんを亡くすかもしれない彼の心境を思うと胸が詰まる。
きっと結城一族の中で一番の彼の理解者であり愛情をかけてくれた祖父。愛情の希薄な環境で育った社長にとって、どれほど大切でかけがえがなくて大きな存在だったのだろう。
ショックで、不安で、悲しくて、彼の心が竦んでいる。慰めなくちゃ。何か声をかけて、少しでも彼を励まさなくっちゃ。そう強く思うのに言葉はなかなかな出てこなくて。
それどころか私の胸には――自分勝手な不安がもっと大きく渦巻いていて――。
「……ちょっと、行ってくるな」
我を取り戻した社長はハンガーに掛けてあったコートを羽織ると、さっそうと玄関へと向かった。
いつもとは違う。余裕の代わりに緊張を滲ませた背中に、私は呼びかけてしまった。
「か……帰ってきますよ……ね……?」
最低だと思う。こんな時なのに慰めも励ましの言葉もかけられず、自分勝手な心配の言葉しか出てこなかった自分が。
けれど、不安で唇を噛みしめる私を振り返って、社長は一瞬驚いたような表情を浮かべてから口元を僅かに綻ばせて言った。
「ああ」
そして、いつものように軽く片手を上げて背を向ける。「いってきます」と。
その光景はいつもと変わらないように見えるけれど、開いた扉の向こうには不安と緊張に満ちた空気が張り詰めていて。
扉が閉まって静かな部屋にひとり残された時、私は自分の足が震えていた事に気が付いた。