ワンルームで御曹司を飼う方法

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 ――きっと社長は、もう帰ってこない。

 あの日から一週間が経ち、私は静かになってしまった日常の中でそんな確信をぼんやりと抱き始めた。

 お爺さんが倒れた翌日、夕方のニュースが『結城コンツェルン総会長、急逝』一色に染まった。

 それはやはり日本中どころか世界中を揺るがす大事件で、翌日の経済ニュースでは『結城コンツェルン総会長緊急交代』は日系株価の動向に大きな影響を及ぼしているとアナウンサーが話していた。

 結城コンツェルンはありとあらゆる事業を網羅する日本経済の中枢核だ。きっと関連する事業はどこも蜂の巣をつついたような大騒ぎになってるに違いない。

 そして、そんな渦中にいる次期総会長・結城充が今どんな状況にあるかだなんて、想像するまでもない事だった。


 ――お遊びの時間は、終わりだ。社長はもう帰ってこない。彼の本来居るべき場所へ帰ったのだから。

 考えてみれば、彼が今まで私と暮らしていた日々が異常だったのだ。財閥の御曹司が人生勉強のための、ほんのお遊びの時間。それが終わって通常の生活に戻っただけなんだ。

 きっと27歳という若さでも新総会長の片腕となった社長に、もう遊んでいる時間は無い。

 食品グループの一部を任されていただけの立場と違って、複数の事業の会長を担う事になった彼が……あのアパートに現れることは、二度と無い。



「……宗根さん、大丈夫?」

 昼休み、中庭の隅っこで膝を抱えて座っていた私を見つけた兵藤さんが心配そうに声を掛けて来た。

 兵藤さんも狩野さんも三沢さんも、社長がうちを出て行った事ぐらい、連日の結城コンツェルンのニュースを見てれば言わなくても分かっている。

 そして、それと共に日に日に表情の沈んでいく私を、みんな心配してくれていた。
 
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