ワンルームで御曹司を飼う方法
「兵藤さん……」
顔を上げると、眉尻を下げ困ったように微笑む兵藤さんの姿が目に映った。その表情からとても心配をかけてしまっていると感じ申し訳なく思ったけれど、今の私にはカラ元気を見せる余裕すらない。
私は再び前を向くと、抱えている膝に顔を突っ伏し表情を隠すように呟いた。
「……ペットだったの」
「え?」
兵藤さんが聞き返しながら私の隣に腰を降ろす。私は彼女にだけ聞こえるようなモゴモゴとした声で、喋り続けた。
「私のペットだったの……社長は。あの部屋に転がり込んで来た時に『男だとか社長だとか思うから気を使うんだ。俺の事はペットだと思え』って言われて。その時は滅茶苦茶だと思ったけど、でも、気まぐれで餌と寝床になついて図々しくって……気が付いたら側に居ていつも私を元気にしてくれて……本当にかけがえのないペットになってた」
私の馬鹿馬鹿しい話を、兵藤さんはじっと静かに聞いてくれている。だから、その続きを紡ごうとするのだけど、声は段々涙に詰まってきてしまった。
「……だからね、きっともう帰ってこない。社長は本当の飼い主のところへ戻っちゃったんだもん。私は一時的に野良になって困ってたペットを保護してあげてただけ。もう社長は……あの部屋には帰ってこない……」
ついに泣き濡れて声が出なくなってしまった私を、兵藤さんは優しく肩を抱いてくれて慰める。グスグスと情けなく鼻を啜る私を抱き寄せて、静かに何度も頷いてくれた。
「ペットロスだね、つらいね。でも落ち込んでばかりいたら駄目だよ。社長は、たくさん素敵な思い出残していってくれたんでしょ?それを大切にして前に進まなくちゃね」
「……うん」
――前に進まなくちゃいけない。私はやっと自分の意志で足を踏み出せるようになったのだから。社長のくれた勇気を、無駄にしちゃいけない。けれど。
『足を竦ませんなよ、もったいねえ』
その言葉をくれた夜が、なんだかすごく遠い気がして寂しくて。涙が止まらなくて。
「……もう少しだけ、こうしてよっか」
「うん……」
中庭の隅っこでいつまでも泣き止めない私を、兵藤さんはずっと肩を抱いて静かに慰め続けてくれた。