ワンルームで御曹司を飼う方法
自分の言動が社長を困らせるものでしかないのは分かっている。お爺さんを亡くした傷もまだ癒えてなくて、激動のコンツェルンの渦中にいる彼に、負担をかけるような我侭を言っていると。
『こちらこそ今までお世話になりました。身体に気をつけて頑張って下さいね、社長の活躍をお祈りしてますから』。そんな風に笑顔で言って送り出してあげることが1番だって頭では分かっているのに。
「……行かないで下さい……」
気持ちも涙も抑え切れなくて、自分の意思とは裏腹に勝手に零れていく。
そしてそれは間違いなく社長を困らせていて、お互い視線を伏せて向かい合ったまま長い沈黙が落ちた。
狭いワンルームに流れる無言の空気が、彼の葛藤を私に伝える。
私の我侭を、『無茶言うなよ』と笑って切り捨てられないのは、きっと彼の中に同じ想いがあるから。僅かな躊躇いがあるから。
私が想いを吐露するたびに彼を苦しめる。それが伝わってくるから私は余計に切なくて、せめてこれ以上は何も紡がないようにしようと唇を噛みしめる。けれど。
「……ごめん。もう、ここでは暮らせない」
静かに、けれどはっきりと言い切った社長の言葉が、私の感情を抑え切れなくさせる。
「――やだ……。そんなの、嫌です……独りにしないで……」
再び涙を溢れさせ懇願する私を瞳に映し、社長は苦しそうに顔をしかめる。
「泣くな、馬鹿。しっかりしろ。もう弱虫は返上しただろ?俺がいなくったって、お前はもう大丈夫だよ」
「嫌です……、私は社長がいてくれなきゃまた弱虫に戻っちゃいます、だから居てくれなきゃ嫌です……」
「大丈夫だよ。お前はもうひとりでも何でも出来る。俺が言うんだから間違いない、約束する」
「そんな事ない……お願いだから、行かないで下さい……」
子供みたいに泣きじゃくる私に社長は手を伸ばし、ゆっくりと頭を撫でてくれた。
慰めてくれるその手が優しくて、胸がもっと苦しくなってしまったとき。
「――充さま、お時間です」
玄関をノックする音と共に、冷酷なタイムアウトの声がドアの向こうから聞こえた。