ワンルームで御曹司を飼う方法
呆然とする私に、社長は切なさを滲ませた真剣な表情を向けると、頭を撫でていた手をゆっくりと離した。
「――いっしょに居てやれなくて、ごめんな」
そして最後に泣きそうな笑顔を浮かべると、その唇が『さよなら』と小さく囁く。
「……あ……」
告げられた別れに、頭の中が真っ白になってしまった。
受けとめきれない現実に涙を零したまま呆然と立ち尽くす私に、社長は背を向けると玄関に向かって足を進めた。
軽く片手を上げ去っていこうとする見慣れた背中が少しずつ遠ざかっていくのを、私の視界がスローモーションのように映し出す。
――けれど。彼がドアノブに手を掛けようとした時。
「み……充!! 行っちゃ駄目!」
声を張り上げた私に、その動きが止まった。
「み、充は私のペットでしょう!? だったら言うこと聞いて!行かないで、ここに居てよ、充!」
――ふたりで暮らし始めたあの日に練習したこと、約束したこと。私、ちゃんと出来るようになったよ。言いたいこと言えて、あなたを名前で呼べる勇気も持てた。だから、お願い――
「……側に居て、充……」
泣きながら顔を覆ってその場にへたり込んでしまうと、再び沈黙が流れた。
それでも、その時間さえも許されないようにドアからは再びノックの音が響く。
それを耳にしながら心の底であきらめの色が落ち始めたときだった。
「……分かった」
優しい声色と共に、温かい感触が私をふっと抱きすくめた。