ワンルームで御曹司を飼う方法


「ああ、会議は代表を中心に進めとけ。分かってる、それは明日俺が全部引き受けるからゴチャゴチャ言うな。もっと大事な抜けらんねえ大仕事が出来たんだよ」


 片腕で私を胸に抱き寄せながら、社長は寝そべったまま電話でそんな会話を交わしていた。そして通話を切ると、不安そうに見上げていた私に気付いて苦笑を浮かべる。

「なんだよ、威勢よく命令したわりに今さらビビった顔しちゃって」

「だって、えっと……す、すみません……」

 きっと彼に多大な迷惑を掛けてることに、やっぱり罪悪感が沸かない訳ではない。謝ってもなんの役にもたたない事は分かってるけれど、謝罪は口をついてしまう。

「じゃあやっぱやめるか?俺行っちゃっていい?」

 けど、意地悪く笑みを浮かべてそんなことを言う社長に、私は顔を俯かせると彼の背中に手を回してシャツを強く掴んだ。

「はいはい、行かねーよ。今夜は一晩中こうしててやるから安心しろ、ワンワン」

 そうおどけてポンポンと背中を優しく叩いてくれる手が、たまらなく温かい。

 私は彼の懐に顔を寄せながら、その温かさを心に刻み付けるように感じていた。


 ふたりきりのワンルームの、小さなシングルベッド。身を寄せ合いひと晩を過ごすことが許されたのは、これが彼の『ペットとして最後の義務』だから。

 スケジュールを変えたうえ、こんな危うい行為を結城のセレクタリー達が許してくれたのは、きっと今まで社長のお世話をした私に対する最大の譲歩なのだろう。

 だから私はもう、これ以上を望んではいけない。監視の目はここに男女の進展が僅かにでも芽生えないことを見張っている。

 こんなに近く、こんなに触れ合っていても、私たちは愛を紡げない。目の前の唇を重ねることも、肌を触れ合わせることも。

 けれどそれでも私は幸せを感じていた。大好きなペットのぬくもりが、泣き濡れた心を癒してくれていってるようで。
 
< 158 / 188 >

この作品をシェア

pagetop