ワンルームで御曹司を飼う方法
少しの沈黙のあと社長は無言のまま私の髪を指先で梳き、「でも」と呟くように話し出した。
「いつ何処で出会ってても、お互い立場が違ってても、俺たちはきっとこうなってたよ」
静かな部屋に霞むように聞こえた言葉は、私の胸に温かくて優しい切なさを落とす。
――ここにいるのは超えられない隔たりのある日本一の御曹司と庶民ではなく……恋に落ちたただの男と女だと。あなたの指先が教えてくれている気がして。
「……そうですね……」
私は彼にだけ聞こえる声で小さく答えると、静かに目を閉じた。
泣きたくなるほど苦しかった恋心が、ゆっくりと眠っていく。
――気持ちを告げることも、愛し合うことも出来ない恋だったけど、想いは確かに結ばれた。一緒に居ることも、未来を約束することも出来なくたって、私はあなたを忘れない。
――充がくれた恋を、日々を、さよならを、私は絶対に忘れない――。
いつの間にか穏やかな眠りに落ちていた私の額に、ささやかなぬくもりが一瞬触れて離れた。そして。
「ありがとう。灯里」
夢うつつの耳に小さく囁かれた声が届くと、身体を抱いていた熱が遠ざかっていき、やがて――ドアの閉まる音と共に、部屋は静寂に包まれた。