ワンルームで御曹司を飼う方法

 けれど。そんなイサミちゃんが今回電話をくれたのは、心配していたからだけでは無いようで――。
 
『灯里、バックパッカーやってるからニュース見てないでしょう? 日本じゃかなり大騒ぎになってるんだから』

「え? なんのこと?」

 彼女が私にわざわざ連絡してくれたのは――耳を疑うようなニュースを伝えるためだった。


「充がコンツェルン次期総会長の継承を辞退……?」


 あまりに衝撃的なそのニュースは、私の頭にすんなりと入ってこなかった。

『そう。それで次期総会長は次男が継ぐんだってさ。辞退の原因は体調不良っていうのが正式発表らしいよ。でもコンツェルンの執行役は降りても電鉄や金融グループの会長は務めてるから、病気って訳じゃなさそうだけど。真相はなんなんだって、日本じゃワイドショーや週刊誌が騒ぎ立ててるよ。まあ日本一のコンツェルンの継承問題だもんね、無理もないけど』

 ……次期総会長を辞退するほど体調が悪いのだろうか。何か重い病気だったらどうしよう。ああ、それに子供の頃からあんなに頑張っていたのにお爺さんの遺志を受け継げないなんて……。

 イサミちゃんの話を聞くうちにさまざまな不安と心配が私を襲ったけれど、私が心配したところでどうこう出来る訳がない。

「教えてくれてありがとう。また何か新しいことが分かったら教えて」

 情報をくれたイサミちゃんに感謝しつつ私は電話を切った。

 ――どうか充が元気で、彼なりの満ち足りた未来を歩めますように。

 陽が暮れ星が浮かび始めた広大な空を眺めて祈る。どんな形でもいい、私の大切なあの人が幸せだと思える人生であれば、それを誰か叶えて欲しい。

 切なる思いで空に向かって祈ったあと、私はバックパックを背負いなおすと町に向かって歩き始めた。

 今日の宿はアリススプリングの外れにある小さな食堂。二階が住居で一階が店舗になっているカジュアルなお店で、そこのお手伝いと引き換えに宿泊と少しの謝礼をもらう条件になっている。私はここで数日おこづかいを稼いでから、ヒッチハイクでエアーズロックへ向かうつもりだ。

 改めて地図を確認すると、私は薄暗くなってきた空に急かされるように足を急がせた。
 
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