ワンルームで御曹司を飼う方法
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アリススプリングスの食堂にお世話になって二日後の朝だった。
早朝から始まるモーニングタイムのため、私は起きてから支度をすると早速一階のキッチンを手伝いに向かう。
「おはよう、ソフィー」
エプロンを絞めながら店のマスターで宿主のソフィーおばさんに挨拶をすると、彼女はモーニングメニューのパンケーキを焼きながら「おはよう、アカリ。今日は忙しいわ。あなたもパンケーキを手伝って」とせわしなさそうに答えた。
彼女の隣に立ち、大きなボウルに卵を割りいれ新しい生地をどんどん作っていく。ホイッパーでそれを手際よくかき混ぜていると、カウンターの外からウェイトレスのクロエが身を乗り出して声をかけてきた。
「アカリ! ちょっとホールに出てくれない? あなたにお客さんよ」
「私に?」
とつぜん呼び出されて不思議に思いながらクロエに近付くと、彼女は親指でホールのテーブル席を指差しながら言った。
「『この店で一番上手いパンケーキを焼く黒髪の子を呼んでくれ』って。それってあなたのことじゃないかしら?」
クロエの言葉にソフィーが「この店で一番上手いパンケーキ焼きと言ったら私じゃないの?」と不満そうに振り向いたけど、「ソフィーは赤髪だし、それにあなたのケーキは時々焦げているわ」とクロエに返され、納得のいかない顔をしていた。
それより、そんな奇妙な呼びつけ方をするなんて一体どんな人なんだろうとますます不思議に思い、私は手にしていたホイッパーを置いてホールへと出る。
するとクロエが私を手招きし、小声で「あのアジア人の紳士よ」と教えてくれた。そして、彼女の視線の先を追って――私は息を呑む。
「……充…………?」
雑然とした大衆食堂に似つかわしくないほど上品な出で立ちと、異常なまでの気品のある風格をまとったスーツ姿の男性が、窓際の席に座って頬杖をつき佇んでいる。
夢か幻に対峙したような顔で立ち尽くす私を見つけ、その人物は端整な顔をふっとほころばせると片手を上げて言った。
「お。ひさしぶり、あかりん。元気にしてたか?」