ワンルームで御曹司を飼う方法
廊下に出て扉を閉めると、俺の専属セレクタリー兼バトラーの真壁が唇を引き結び悲しげな表情でこちらを見ていた。
「お前までそんなツラすんなよ、今さら」
普段生真面目で表情を崩さないくせに、まるで子供が泣くのをこらえてるような顔をしてやがる。
あえて軽く声をかけてやると、真壁は「けど……」とだけ言って、再び口を噤んだ。
「後悔はしないって言ったはずだ」
親父や真壁や、それから自分自身の未練をぶった切るように強く、言い切る。
そして俺は大股で歩き出すと真壁の横を通り過ぎ、まっすぐ自室へと向かった。
――次期総会長継承権利の交代を親族会議で決定するのにそれから一年が掛かり、さらに颯に受け継がせる準備を整え正式に発表をするまで二年が掛かった。
そして、『Y-Connect』プロジェクトの立ち上げを総会長はじめコンツェルン上層部たちに承諾させるのも同時進行で、一年半の時間を費やした。
人生の正念場というものがあるのなら、この三年間がきっとそうだろう。
激務ではありながらも、どこか呑気に結城コンツェルン総会長の椅子に座る事を甘受していた二十七年間の日々。自分は結城の跡取りで、それ以外の人生なんて考えた事もなかった。
だから、その全てをひっくり返し新しい人生を自分の手で切り開こうとしたこの三年は、ある意味初めて自分の意思で生きた時間だと言ってもいいだろう。
結城の後継者でなくなった事で失ったものは多かった。多かったなんてもんじゃない、二十七年間途方もない手間と金が費やされ後継者教育をされてきたのだ。それが本来の目的を果たせなくなったのだから、周囲は失望どころの騒ぎではなかった。
数え切れないほどの落胆や悲観の声を聞き、コンツェルンの将来を嘆かないものはいなかった。離れていく者も多かったし、驚くほど環境も変わっていった。
けれど。嘆きの声も哀れみや蔑みさえも、『Y‐Connect』プロジェクトに着手した俺にとっては、『今に見てろよ、総会長の椅子に縛られてたんじゃ出来なかった未来を見せてやるからな』と反骨心を燃やす材料でしかなかった。
たくさんの期待と希望を裏切ったかもしれない。けれど、それ以上の未来を見せてやる確信が俺には――経営者として最上級の勘を持ったこの結城充にはあった。