ワンルームで御曹司を飼う方法
「こんにちは。先週借りた幕末ミステリーのやつどうだった?」
「面白かったよ、ちょっと設定が突飛だけど。さっき返却したから兵藤さんも借りたらいいんじゃないかな」
「そうしよっかな。恋愛ものも飽きちゃったし、変わったのが読みたい気分」
ふたり、並んで本棚を眺めながら小声でそんなことを会話する。
あまり積極的に人と関わらない私は今の職場で特に友達と呼べる人もいないんだけど、本好きの兵藤さんとは3ヶ月前に偶然図書館で会った事がきっかけでよく喋るようになった。
兵藤さんとは好きな本の傾向が似てる事もあって、一緒に喋っていると楽しい。けれど、彼女とはあくまで知人であって友人ではないと思う。なぜなら彼女は私と違って職場でも人気者だから。気遣いの出来る優しい性格で、たくさんの友人がいる兵藤さん。そんな彼女とただ本の事で会話するだけの私が友人を名乗るのはおこがましい気がして。
でも……友人になりたいと思ってる自分がいるのも確かだ。イサミちゃんが遠くに行ってから、仕事以外はあまり人と喋ってない私。時々寂しくなって自己嫌悪に落ち込む。人と深く関わる事を躊躇って、けれどそんな自分が嫌で寂しくって。だから、兵藤さんともっと仲良くなれたらいいなって願望はあるのだけど。
「……ねえ、兵藤さん。良かったらこのあと――」
このあと、お茶に誘ってみるぐらいなら許されるだろうか。小さな勇気を振り絞って声を掛けてみた。けれど、それは兵藤さんの鞄から聞こえたラインの通知音に遮られる。
「あ、いけない。もうこんな時間か。エリたち待たせちゃった」
スマートフォンを取り出してラインを確認した兵藤さんが慌てたように呟いた。そして、おどけたような苦笑を私に向けると
「この後、エリとカズちゃんにショッピング連れてかれるの。せっかくのお休みなのにゆっくり本も読めやしないんだから、参っちゃうよね」
そう言って手に持っていた本を棚へと戻した。
彼女の口から出た名前は同じ職場の彼女の友達で。よく仲良くしているのを見かけた事があるけど、そっか、休日も一緒なんだ……羨ましいな。