ワンルームで御曹司を飼う方法
ああ会話が噛みあわない。私の提示した値段に社長は一瞬目をしばたいたあと豪快な苦笑いを零した。
「500円って。ああそっか、宗根はあんま酒飲まないんだっけ。じゃあ教えといてやるよ。500円で買えるのはせいぜいビール、ワインはボトルに入れてラベルを貼った以上は子供の小遣い程度じゃ買えないんだぞ」
な、な、なんなのその超絶上から目線!まるで小さな子供に常識でも説くような口振りで常識外れな事をのたまう社長に頭痛がしてくる。生活ギャップがこんなに辛いものだとは知らなかった。
「結城食品って酒造も扱ってましたよね?わりと庶民的な値段のワインも売ってたと思うんですけど」
「あれはクリマもドメーヌも結城だから。仲介が一切無い分、値段のわりに相当お得だぜ。でも3万以下の製品はクリマの格付けが低いから俺は飲みたくないけど。それにしたって500円ってのはありえないよなあ、あはは笑える」
お酒を嗜む庶民の多くを敵に回す発言を、社長はこれっぽっちの悪意も無くケラケラと吐き出す。安いワインを蔑んでるわけではない、本気で彼の中では一定の格付けに達していないワインはワインとして認知されないだけなのだ。純粋培養された金持ちとはここまで一般の価値観から乖離するらしい。
そして私はひとつのある事を心に決めた。社長がこのワンルームで暮らし続けるというなら、ワンルームに相応しい価値観を学んで頂こうと。
「……社長、今日お仕事から帰ってきたら買い物に付き合って下さい」
「買い物?俺、帰宅けっこう遅いけど」
「構いません、大型ディスカウントなら深夜まで営業してますから」
百聞は一見にしかず。まず手始めに買い物に連れて行き庶民の相場と云うものをその身で体験してもらおうという作戦だ。
社長は私の発言に少し不思議そうな顔をしたけど
「まあいいや。宗根が行きたいっていうなら行くよ。俺、居候でペットだしな」
そう言って目元を弛めると、昨日と同じようにひらひらと手を振って「そんじゃいってきまーす」と玄関を出て行った。