ワンルームで御曹司を飼う方法

「うちだって散々コストカットして5000円がやっとなのに……これ、本当にワインか?色水なんじゃねえの?」

「失礼だなあ、企業努力ですよきっと」

 結城食品グループの商品やレストランは一般庶民向けとは言え、ちょっとお高い。歴史ある信頼と確かな品質や拘りがあるので、まあ納得の価格ではあるけど。確か『ファストフーズ・キッチン』で提供していたグラスワインは一杯1000円だった気がする。

「うーん、やっぱ原産国の問題だよなあ。うちもチリにブドウ畑開拓すっかあ」

 チープな葡萄の絵が描かれたボトルとにらめっこしながら、結城社長は経営方針を独りごちる。そんな大事な企業秘密をこんなところで零していいんだろうか、私の方が焦ってキョロキョロしてしまった。

「それで、どうするんですか?買うんですか?買わないんですか?」

 いつまでも感心しながらボトルのラベルを眺めている社長に本来の目的である購入の意思を確かめた。別に市場偵察に連れて来た訳ではないんだから、庶民の価格を理解したなら早く買ってさっさと帰りたい。

「どうすっかな~。いっちょチャレンジしてみるか、大衆の味覚を知るためにも。なんか北京でサソリの串揚げ食ったときの緊張感を思い出すよ」

 またしても自然に無礼さを織り交ぜながら、社長は庶民ワインへのチャレンジを宣誓した。買うのはマジマジと眺めていたチリ産ワイン、540円なり。これなら私の懐の許容範囲内だ。ふたりでレジに向かいながら一応さっきの台詞にツッコんでおく。

「庶民のワインをゲテモノと一緒にしないで下さいよ。500円ワインを嗜んでる人に失礼だと思いますよ」

「宗根こそ失礼だぞ。中国じゃサソリはポピュラーな食い物なんだから。今度出張に行ったら買ってきてやるよ、お前も1度食っとけ」

「ぜ、絶対イヤです!そんなもの持って帰ってきたら絶対家の鍵開けませんから!」

 見るからにお金持ちの紳士と、見るからに庶民の私。そんなふたりが500円ワインを買いながらあーだこーだ言ってる姿はきっと変に目立っていたに違いない。そして、その注目の眼のひとつが私の知っている人だなんて。当然この時は気が付かなかったのだった。

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