ワンルームで御曹司を飼う方法
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「芳醇さの欠片も無いけど、グリューワインにするとそこが却ってジュースみたいなお手軽な味になってると言うかなんと言うか」
褒めてるのかけなしてるのか分からない感想を述べつつも社長はマグカップ一杯のホットワインを飲み干し、ぬくぬくと満足そうに床に着いた。ワイン自体は安かったものの、シナモンやクローブなどスパイスを買い揃えたせいで結局は予算オーバーしちゃったし、本当に手が掛かると思いながら私も社長が寝たのを見届けてからベッドに潜った。
翌朝、いつものように社長の起床時間に併せて起こされいつものようにホットケーキを焼く。強引に巻き込まれたはずの生活習慣がすでに馴染みつつある自分が哀しい。
けれど今日は社長が来てから初めての平日なので、昨日までとは勝手が違う。「いってきま~す」と呑気な背中を見送ったあと、私は急いで自分の支度をした。冷蔵庫にあるものと冷凍のストックを使って簡単なお弁当を作り、仕事に行くための身支度を整える。そうしてアパートを出て会社へ向かういつもの道は、なんだか突然現実に引き戻されたような気がして妙な気分だった。
この週末は嘘みたいな出来事の連続だったからなあ。しみじみそんな事を考えながら、私はロッカールームでジャケットを脱ぎ社員証の入ったIDカードホルダを首から下げた。その時。
「いた!宗根さーん!」
やたらと賑やかな声と共にひとりの女性がこちらに向かってきた。正社員の制服を着たアーモンド型の目が美しい美女、狩野エリさん。兵藤さんの友達でいつも元気がいい……って言っても私はほとんど喋った事はないんだけど。
そんな彼女が眼を好奇心いっぱいに輝かせながら近付いてくるのは意外な光景で、私は思わずその場に立ち竦んでしまった。
「な、なに狩野さん……?」
「ねえねえ、宗根さん昨日大通り沿いのディスカウントショップにいたよね!?」
突然ぶつけられた質問に、ヒッと息を飲んで口をきつく結んでしまう。ま、まさか見られてた……!?社長と一緒のところを?