ワンルームで御曹司を飼う方法
金曜日、20時。いわゆる花金の夜。今週も無事仕事を終えた私、宗根 灯里(そね あかり)は自分へのご褒美を買いにコンビニへやって来ていた。
クリームたっぷりとろけるプリン。127円。お給料手取り13万円の派遣社員の私にはこれが精一杯の贅沢だったりする。大学を出たものの特に何の資格も無い私。運の悪いことに就職した会社が昨年倒産してしまい、なんの取り柄も無い私は転職にも難儀した。ひとり暮らしの身には選り好みしてのんびりと次の仕事を見つけてる時間もなくって。真剣に明日の食い扶持に困ってきた頃、私は正社員をあきらめて派遣会社に登録をした。
紹介されたのは食品専門の配送会社。そこの事務で商品の入荷と配送のデータ管理をするのが私の仕事だ。
資格も経験もない私でも出来る簡単なお仕事。だからこそ、お給料も安い。けれど不満があるかと自分に問えば答えはNOと言える。
趣味は読書と散歩。人付き合いはほそぼそと。そんな生き方をしていれば、別に沢山のお金は必要ない。それに実家があまり裕福ではなかったのもあって、ビンボー生活にも慣れっこだし。
古着を買って自分でリメイク。節約ごはんはお手の物。最近ではプランターで野菜だって育ててる。そんな倹約上手な自分が、私は嫌いじゃない。
宗根灯里。25歳。派遣社員のいわゆるワーキングプア。だからこそ127円のプリンに幸せを感じられるお手軽な女です。
帰ったら晩ご飯を食べて、お風呂にのんびり入って、それからプリンを食べよう。それからそれから、読みかけていた小説の続きを読んで……ああ、週末って幸せだな。
そんなホクホクした思いでアパートまでの道を歩いていると。
「キャッシュカードも全滅かよ……ジジイ、俺を本格的に殺す気か?」
独り言をぼやきながらイライラを体現したような大股歩きでATMから突然出てきた人に、私はうっかりとぶつかってしまった。いや、悪いのは私じゃない。ATMから歩道に飛び出してきたこの人が悪いと思う。
「きゃっ」
「おっ……と、」
ぶつかった身体がヨロヨロとよろけて尻餅を着く。あやうく潰しそうになったプリンをかばったら、手に提げていた鞄が中身を撒き散らしてしまった。ああ、ひどい。
「あ、すみません」
「いえ、こちらこそ」
慌てて中身を掻き集めていると、ぶつかった男の人がそれを手伝ってくれた。お礼を言おうとして顔を上げた私は思わず「あっ」と声をあげてしまい焦って口を噤む。
……さっきの缶コーヒーの人だ。
目の前で私の手帳やらハンカチやらを拾ってくれているのは、さっきコンビニで見かけた立派なスーツの人。間近で見てもやっぱりとても素敵なものを召していて、ついでにその顔も着ているものに負けない気品を醸し出していた。