ワンルームで御曹司を飼う方法
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工場長の「立ち話もなんですから」と云う気遣いにより、結城社長は事務室の一角にある応接スペースへと通された。当然のように私も連れて行かれたし、興味津々の狩野さんたちも事務室で仕事をするフリをして側で聞き耳をたてている。
「何しに来たんですか?社長だって忙しいんでしょう?」
気紛れで大騒ぎを起こされたこちらの身にもなって欲しい。ソファーに座るなり呆れの色をいっぱいに浮かべながら早々に問い質すと、社長は出されたお茶をのんびり啜りながらのらりくらりと答えた。
「なんだよ、つれないな。社長が子会社の視察に来ちゃ悪いのかよ」
「多忙な中わざわざ物流倉庫に視察に来る意味が分かりませんよ。それともまさか暇なんですか?」
わりと失礼な質問だったけど、どうやら図星だったようで社長は整った眉を大げさに顰め「うーん」などと腕組をする。
「実はさあ、今日、朝一でチリのブドウ畑買い付けたんだよ。ほら、昨日買ったお安いワイン。あれウチでも作ろうと思って。そしたらそれが食品グループの会長の叔父にバレちってさ。『なに勝手な事やってるんだ!』って大激怒しちゃってさ。そんでー……9時から緊急招集会議なんだけど」
「まさか、逃げてきたんですか」
「人聞き悪いこと言うなよ。あのオッサン怒ると見境なしにぶん殴って来るから避難してきただけだって。子会社の緊急視察って名目で」
……自分の血の気が勢いよく引いていくのが分かった。このまま気を失ってしまいそうな感覚に耐え、私は両手で顔を覆うとズーンとうなだれる。
ああ、私が昨日ディスカウントショップに連れて行ったばっかりに、天下の結城食品グループが経営分裂の危機に陥ってるなんて。もしかしたらそのせいで既に株価に影響が出たりウン億円と云う運営資金が動いたりしてるかもしれない。あああ、私が500円ワインなんか飲ませたばっかりに。