ワンルームで御曹司を飼う方法
実にケチくさい私の言葉に、社長はもっともな意見を返しつつローテーブルの前に座る。そして例の翻訳用のパソコンを開いて電源を入れた。
「今日は何語ですか?」
「エスペラント語。1P400円だと」
後ろからひょいと本を覗き込んでみたものの、当たり前だけど私には全くもって分からない。社長は付箋を付けていたページを広げると、そこに視線を辿らせながらキーボードを打ち出した。時々は手を止めて考える素振りを見せるものの、特に参考書なども使わず彼はスイスイと翻訳をしていく。いつもの姿とは言えやっぱり凄い、改めて感心してしまう。
「……ほんと凄いですよねえ。よくそれだけの言語が頭に入ってますね」
「言語なんて使ってりゃ勝手に頭に入ってくるだろ。周りがみんなその言葉で喋ってるんだ、嫌でも身に付くっての」
結城社長の外国語教育は全て現地で学んだものだそうな。結城財閥本家の長男として生まれた彼は幼少から徹底した御曹司教育を受けている。世界を股に掛ける結城コンツェルンのビジネスに於いて欠かせない外国語習得は当然のこと、世界情勢から株価動向、外貨取引まで10歳にならないうちから学んでいたと言うのだから驚きだ。
さらに、代々続く大財閥の後取りとして相応しい英才教育も受けていて、バイオリンやピアノなどの楽器に舞踏、更にはヘリや船舶の免許に、鑑定士並の芸術品の知識と、とことん上流階級の嗜みまで叩き込まれている。
そう考えると、つくづくこんなボロアパートに彼が居る事が恐ろしい。この結城充と云う人物は生まれてから気の遠くなるようなお金と手間隙を掛けて育てられた、日本一とも言えるスーパー御曹司なのだから。それがこんな所で麦茶を飲みながらアルバイトをやっていていいのだろうか。
私は結城社長の後ろのベッドに腰掛けると、スイスイと謎の言語を翻訳していく背中を見ながら改めて彼とは住む世界が違う事を実感した。