ワンルームで御曹司を飼う方法
「凄いですよね、子供の頃から世界中を股に掛けて」
生まれてから日本を離れた事のない私にとっては想像も着かない日常だ。いったいどんな人達がどんな場所で暮らしてるのか、きっと私には思いも着かない世界を、結城社長はその身で全て体験してるのだと思うと尊敬の念さえ湧く。
「結城に生まれた以上当然だからな」
驕りもなければ謙遜もない返事がまたいかにも大物だ。いずれ大財閥の全権を背負う責任を常にその双肩に感じているんだろうなと思いながら、私は社長の脇に置かれている通訳用の本を一冊手に取った。
「あ、これは英語ですね。珍しい」
社長の翻訳バイトは聞いた事も無いような珍しい言語のものが多い。けれど私が手にした本には見たことのある単語や文法が並んでいる。ガイドブック?旅行記だろうか、観光名所のような写真がところどころに付いている本だった。
「それはオーストラリアの民俗学の研究書。アボリジニの言語が結構混じってるからちょっと手間が掛かるんだよ」
なるほど、と感心してしまった。オーストラリア諸語が単一ではない事ぐらいは知っている。それは訳すのも大変だろうな。
「本当だ。ウルルやジムジムフォールの写真が載ってますね」
パラパラとページを捲ってみれば、アボリジニの聖地と呼ばれる場所の写真が幾つも載っていた。私は英語も翻訳出来るほど詳しくはないけれど、なんとなくその辺の文化について書かれてるんだろうなと云う予測ぐらいは出来た。
「なんだ、宗根はオーストラリア好きなのか?」
「特別好きって訳じゃないけど……前にイサミちゃんとオーストラリア旅行しようって計画した事があったんです。そのとき観光地色々調べたから」