ワンルームで御曹司を飼う方法
去年の冬の事だ。忙しかったイサミちゃんの仕事が一段落したら行こうって計画してたのに、その直後に彼女は神奈川に移動になっちゃって……結局、旅行の計画は保留のまま。せっかく取ったパスポートも可哀想に、一度も使われず引き出しに眠っている。
「調べただけ?行ってないのか?」
「イサミちゃんが忙しくなっちゃって行けなかったんです。いつか行こうねって言ってるんですけど……イサミちゃん、総合職に移って仕事多くなっちゃったからなかなか機会も無くって」
私が話を続けていると、キーボードを打ちながら会話していた社長が手を止めてこちらを振り向いた。
「じゃあ一人で行けばいいんじゃねえの?」
「えっ……?」
切れ長の目がまっすぐ私を映しながら言った。口調は軽いけれども、雰囲気はどことなく真剣な気がする。
「別に一人で行っちゃいけないルールなんて無いだろ。行きたきゃさっさと一人で行けばいいんじゃねえの」
「む、無理ですよそんな。イサミちゃんがいないのに、初めての海外旅行なんか行ける訳ないじゃないですか」
私みたいな臆病なタイプが、頼れるイサミちゃん無しで知らない土地になんて行ける訳がない。そんなの当たり前のことなのに。
「イサミってあれだろ、お前がいっつも電話してる幼なじみってやつ。なんでそいつにそんな頼ってんだよ。イサミが居ようと居まいと好き勝手に旅行ぐらい行けばいいじゃねえか」
「……社長には分かりませんよ。私は社長みたいに人慣れもしてなければ度胸もないんです。イサミちゃんがいてくれなきゃ絶対海外になんかいけません」
社長の行動力は尊敬する。けれど、それが全ての人の水準だと思わないで欲しい。人にはそれぞれ個性や事情と云うものがあるんだから。
「なんだそれ、くだらねえ」
「く……くだらなくて結構です!私はそうやって生きてきたんです、イサミちゃんと一緒に生きてきたんです!どうせ社長には分かりませんよ!」