ワンルームで御曹司を飼う方法
雨の風景に遠ざかっていく蓮の背中を玄関の軒先で見送ってから、私は一度深呼吸をして部屋のドアを開けた。
肌寒かった外の空気と違って、明るくて温かい空気が私を包む。狭くて窮屈な部屋だけど、帰ってこられる場所の安心感は何事にも変えがたいとありがたくさえ思った。
部屋に漂うお醤油のいい匂いに、そういえば食事途中だったっけと思い出した。
「すみません、食事中に飛び出しちゃって。……ただいま」
慌てて履いていったサンダルを脱いで玄関に上がれば、なんとも気まずそうな顔をしてテーブルの前に座っている社長と目があった。テーブルのコンロの火は消されていて、すき焼き鍋には蓋がしてある。どうやら箸をつけた形跡が無い。
「先に食べてて良かったのに」
「馬鹿、いくら俺でもそこまで無神経じゃねーよ」
テーブルの前にストンと私が座りなおすと同時に社長は立ち上がり、洗面所へと入っていってしまった。どうしたんだろう?と思っていると、社長はタオルを手にすぐさま戻って来てそれを私の頭に被せた。
「風邪ひくぞ。着替えた方がいいんじゃねえの」
傘をささずに飛び出したせいで少しだけ濡れてしまっていた髪を、社長は私の前にしゃがみ込んで雑な手つきでゴシゴシと拭いてくれる。一応こっちは女の子なんだしもうちょっと丁寧に扱って欲しいなあと思ったけれど、あんまり器用じゃないその扱いが、逆に今はなんだか優しく感じた。
大人しくワシャワシャと髪を拭かれていると。
「……さっきの男、誤解されたら困る相手じゃないのか?」
いつもの横暴な社長らしくもない神妙な声が、頭の上から降ってきた。
タオルとクシャクシャになった自分の髪で視界が塞がっていたのと近すぎる距離のせいで、どんな表情をして言ったのかは見えない。
けれど、私を心配してくれてるんだって気持ちは充分に伝わる声色だった。