ワンルームで御曹司を飼う方法

「風邪かあ。夜冷え込むようになってきたもんね。こじらせないように気をつけてね、お大事に」

 適当な出任せを信じて心配してくれる兵藤さんの心遣いに罪悪感で胸を痛ませながら、私は持参してきたお弁当箱の蓋を開けた。

 今日のメニューは朝の残りを玉子でとじたすき焼き弁当だ。昨夜は食べないまま寝てしまい、今朝もほとんど手も付けられなかったので、ようやく念願のすきやきを食す事が出来る。

 けれど。

「あ、そういえばさっきエリ達と週刊誌見てたんだけどさ、結城社長載ってたよ」

 ふいに出てきた彼の名前に、私は思わず食事の手を止めてしまった。

「そ、そうなんだ?ふーん?」

 我ながらなんてぎこちなさだと呆れてしまう。けれど、兵藤さんは気にすることなく「ちょっと待ってて」と言い残すと席を立ち、休憩室のブックラックから一冊の週刊誌を手に取って戻ってきた。

「ほら、これ。例の自動車メーカー参入の会見写真。総会長の後ろに居るの結城社長でしょ?」

 そう言って兵藤さんが開いた週刊誌にはページの半分を使ったモノクロの写真が掲載されている。白髪で深い皺を刻んだ威厳溢れる容貌の結城円蔵総会長。その隣に立つ渋い中年男性は、結城社長のお父さんか叔父さん辺りだろうか。何にせよ近しい関係者だろう。

 そして、そんなふたりの後方に下がって背筋を伸ばし立っているのが……

「……ん?これ、社長じゃないよ」

「え?」

「よく似てるけど、社長より若い感じがする。髪の長さも違うし、なんだか顔立ちも柔らかな感じ」

 画素の荒いモノクロの写真では分かりづらいが、そこには社長によく似た別人の青年が写っていた。
 
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