ワンダーランドと春の雪
「じゃあミライ。龍のツノを自分の方に
引っ張ってもらえるかしら」
「え、こう?」
ジュリーちゃんの指示通りに持っていた
龍のツノを引っ張ると。
すると私の乗っていた龍は突然咆哮を上げて翼をたたみ、地面に向かって急降下を始めた。
「えっ何、どうなってんのこれえええええっ?!」
他の龍も同じように急降下していくけど
今はそれどころではない。
ジェットコースターに乗っていて落ちる時の
ような風が全身に吹き付けて、私は龍のツノを掴んだまま、体は空中に放り出されていた。
「手を龍から放して!!」
遥か下の方からマリーちゃんの声がした。
言う通りに手を離すと、龍はそこで急降下を
やめて暗い雪空へと消えた。
私はそのまま空中に投げ出され、雪の積もった地面めがけて落ちていく。
気を失いかけた時、誰かが空中で私を受け止めてくれた。
「あは。今度はモアイじゃなくてムンクの叫びみたいになってたよ」
「ありがとうリルガくん……その余計な一言が無ければ女の子は一撃で惚れると思うよ」
私を見事なお姫様だっこで受け止めてくれた
リルガくんの背中からは、黒く染まった天使の羽が生えていた。
彼は「きみも女の子でしょー?」と笑いながら
地上にふわりと舞い降りて私を降ろしてくれた。
「私も飛べたらミライちゃんをお姫様だっこ
したのに……チッ」
マリーちゃん、顔が怖い。
そして今 舌打ちしたね?!
「マリーもしてあげようか?」
「ミライちゃんに抱いてもらうからいらないよ」
いやあ……人生初のお姫様だっこ。
何だか照れるな。
……って照れてる場合じゃない!
落ちてる時は気付かなかったけど、私たちが
今いるこの場所は、見渡す限りの墓地だった。
一面の銀世界となっているお城の前には
おびただしい数の十字架の形をした墓石が
不規則に並んでいる。
私たちはその墓地の中を駆け抜けた。
「みんな!ジョニーは牢獄棟のどこかにいるはずよ!」
ジュリーちゃんの言葉に皆は頷いて、
お城の中に入って行き、私もそれに続く。
「暗いな」
ミレアくんが呟いた。
お城の中は静まり返っていた。
天井にシャンデリアがぶら下がっているのは
見えるけど、明かりは無い。
真っ暗の中、どこかで水が滴るような音が
聞こえてくる。
誰かがいる気配も無い。
見える限りだと床も壁も白くて、中はお城というよりも病院のようだった。
「こっちよ」
先に歩いていたジュリーちゃんが
二階に続く階段の前で皆に手招きした。
「牢獄棟に行くにはこの上の実験棟を通るしか
道が無いわけなんだけど」
そう言ったあと。
「今から何があっても悲鳴を上げたら駄目よ」
と彼女は意味深な台詞を付け加えた。
ミレアくんは嫌そうな顔をしてたけど
私たちは頷いて、階段を駆け上がった。
階段を上りきると
そこには幅の広い廊下が続いていた。
両側の壁にはいくつものドアがあり、
上にある“使用中”と書かれたランプが
全て赤く光っている。
五人は足音を立てずに廊下を歩いて行った。
何度かドアの向こうから悲鳴や叫び声が、
変な機械音と一緒に耳に入ってきた。
たまに笑い声なんかも聞こえる。
部屋の中で一体何が起こっているのか好奇心で覗いて見たくなるけれど、そんなことしたら
きっと後悔するんだろうな。
そんなことを考えながら、ふと顔を上げると。
近くの壁に手術で使うようなメスが
刺さっているのが見えた。
刃の部分には赤い液体がこびりついている。
「気持ち悪いけど……一応拾っておこうかな」
私はそう言って、壁に刺さっているメスを
抜いて制服のポケットにしまった。