ワンダーランドと春の雪
そのとき。
私たちがちょうど通り過ぎたドアが勢いよく
開け放たれた。
振り返ると、暗い廊下に実験室の明かりが
差し込んでいるのが見える。
唸るような機械音と共に赤い液体が廊下の壁に飛び散って、何かが悲鳴を上げながら実験室から飛び出して来た。
「っ……!!」
飛び出して来た“何か”は実験室から伸びてきた何者かの手によって、また部屋に引きずり込まれていく。
閉められたドアの向こうからは、“何か”の
ものであろう「助けて!」とも聞こえる声が
生々しく響いていた。
そんな壮絶な光景を目の当たりにして呆然と
していると、ミレアくんが私の名前を呼んだ。
「俺よりビビってどうすんだよ」
彼はそう言って、私の体ををひょいと抱き上げた。
「何してんの?!」
「よく考えたら俺ってバンパイアだから、
暗いところ割と大丈夫だったわ」
答えになってないような気もするけど……。
このミレアくんといいリルガくんといい、
二人とも私を軽々と持ち上げてくれるけど、
重くないのかな。
「あの、重かったら降ろしていいよ?」
私が控えめにそう言うと。
「そんなん気にしなくていいから」
ミレアくんは言いながら、私を肩にかつぐように抱き直した。
何だこれ、かなり恥ずかしい。
マリーちゃんがこっちを振り返りながら
悔しそうな顔をしている。
「私がもし男の子だったら、ミライちゃんを
抱っこして走るのに~!」
「俺がやってあげようか?ミレアと同じ抱き方」
「リルガくんに抱っこされるくらいなら
ここで実験体にされた方がマシです」
このやり取り、そう遠くないデジャヴを感じる。
「二人とも静かにしなさい!もうすぐ牢獄棟への連絡通路よ」
今まで一切動じずに歩いていたジュリーちゃんが皆に小声で言った。
しばらく歩いていくと、お城と牢獄棟とを
繋ぐ橋のような場所に出た。
いつのまにか雪は止んでいて
見ていて不安になる黒い雪雲だけが空を支配
していた。
連絡通路の向こうに牢獄棟の入口が
ぽっかりと黒い口を開けている。
「それにしても妙だよね~っ」
マリーちゃんは辺りを見回しながら
のんびりとした口調で言った。
「“七大罪”のお城なら、見張りがたくさん
いてもおかしくないのに」
確かに……。
私たちは普通にここまで来たけど、マーモンの手下なんかが邪魔してきてもいいような
気がする。
入口の前まで行くと、そこは微かに青い光に覆われていた。
「結界がはってある。ツバサさんの読みが
当たったな」
リルガくんが青い光に触ろうとすると、
バチッという静電気のような音がして跳ね返された。
「結界……?」
また現実味の無いワードが出てきた。
「そうだよ。無理矢理通ろうと思えば、
体が八つ裂きになるかもね。だけど――」
リルガくんはそう言って、ミレアくんに抱っこされたままの私の頭を撫でながら。
「人間なら話は別だ」
と不敵な笑みを浮かべた。
「リルガくんってばさっきからミライちゃんに触り過ぎよ!このチャラ男!!」
マリーちゃんは怒りながらリルガくんの手を
から無理矢理放させ、代わりに自分で
私の頭を撫で始める。
「ミライ、先に入ってジョニーを助けに行ってくれる?怖いと思うから、最終手段としてあたしが建物ごと破壊することもできるけど、
他の捕らえられてるひとたちの無事は
保証出来ないわ」
二人のやり取りを全てスルーした
ジュリーちゃんの言葉に私は頷いた。
「分かった、行くよ。」
ミレアくんに降ろしてもらい、建物の中に
足を踏み入れる。
さっきリルガくんの手を跳ね返した青い光はまるで私を受け入れてくれたかのように
手応えが無く、すんなりと中に入れたのだった。
「本当に人間にしか入れないのか」
ミレアくんが感心したように言った。
「気を付けてね。危ないと思ったらすぐに
戻ってくるのよ」
「大丈夫だよ。まだ怖いのには慣れないけど、
何とかする」
私は笑って皆に向かってピースして見せた。