届屋ぎんかの怪異譚
恋人の後を追って死んだわけではない、と、老主人は言う。
近頃江戸にはびこる妖のせいだ、と。
なんでも、死んだ保之助を見つけたとき、人のような何かの形をした黒いもやが、ぴったりとくっついていたそうだ。
その頭は角の生えた鬼のような形をしていたらしい。
そして葬儀の日。
最後に一目見ようと保之助の部屋へ向かった老夫婦は、それを見つけた。
――保之助の亡骸が消えていたのだ。
「首吊りの鬼が盗んでいったんだ。頼む、退治屋、保之助の亡骸を取り戻してくれ。そして、その鬼を殺してくれ」
悔しげに顔をゆがめて、老主人が言った。
大切な跡取り息子が死んで、その亡骸がなくなったとあれば当然だろう。
本当に鬼のせいであっても、そうでなくても、老夫婦の失ったものの大きさは計り知れない。