届屋ぎんかの怪異譚



恋人の後を追って死んだわけではない、と、老主人は言う。


近頃江戸にはびこる妖のせいだ、と。


なんでも、死んだ保之助を見つけたとき、人のような何かの形をした黒いもやが、ぴったりとくっついていたそうだ。


その頭は角の生えた鬼のような形をしていたらしい。



そして葬儀の日。

最後に一目見ようと保之助の部屋へ向かった老夫婦は、それを見つけた。


――保之助の亡骸が消えていたのだ。



「首吊りの鬼が盗んでいったんだ。頼む、退治屋、保之助の亡骸を取り戻してくれ。そして、その鬼を殺してくれ」



悔しげに顔をゆがめて、老主人が言った。

大切な跡取り息子が死んで、その亡骸がなくなったとあれば当然だろう。

本当に鬼のせいであっても、そうでなくても、老夫婦の失ったものの大きさは計り知れない。



< 103 / 304 >

この作品をシェア

pagetop