届屋ぎんかの怪異譚
「あざみ、……どうか元気で」
死人に元気もなにもないが、それでも願わずにはいられなかった。
保之助でも、そうでなくとも、誰とでもいいから、幽世であざみが笑っていることを。
『ありがとう……』
ささやくような声は、いつのまにか江戸の町を染め上げた夜色に溶けて、消えた。
あざみの消えた虚空を見つめる銀花に、朔と猫目はようやく駆け寄る。
そしてその薄い肩に、朔がそっと手を触れようとした、そのとき。
「あーあ」
ふいに、銀花が言った。
「だから、朔には先に帰ってもらおうとしたのに。覚えていたらそもそも今日は出かけたりしなかったのに、この前お狐様が教えてくれたばかりのこと、さっきまで忘れていたの。――今度の満月の夜は、晴れだって」