届屋ぎんかの怪異譚
ふよふよと宙を漂いながら風伯が言うと、銀花が「いつもありがとう、風伯」と笑いかける。
とたんに顔を赤らめて照れたように笑う風伯を見て、朔は苦虫を噛み潰したような微妙な顔をした。
だがそれも一瞬のこと。
「さ、行きましょ」と言って銀花が歩き出すと、朔はすぐに表情を引き締めてその後についていく。
銀花は大番所の前に立つと、「萩、来たよ」と声をかける。
警護の兵の詰所であるはずの番所に銀花の友人がいるのか、と朔が不思議に思っていると、番所の扉が開いた。
中から出てきたのは妙齢の女だった。
黒すぎるほどに黒い艶やかな髪をきっちり結いあげ、濃い藤色の着物を着た、洗練された雰囲気の女だ。
番所に詰めている男たちは、女にも銀花たちにも気づかない。
それどころか、扉が開いたことにすら気づいていないようだった。
「銀花さま、先ほどぶりでございますね」
「こんばんは、かずらさん」
そんな短い挨拶を交わすと、かずらは「どうぞ。萩姫さまがお待ちです」と銀花を促して、番所の奥へ歩いていく。
その後に銀花と朔が続くが、風伯は入ろうとはしなかった。