届屋ぎんかの怪異譚
「僕はいいや。糺の様子を見ておくよ」
そう言って橘屋の方へ飛んで行った風伯を見送って、銀花は苦笑した。
「風伯は萩が苦手なの」
「へぇ、意外だな」
朔がすこしだけ驚いたような顔をして言った。
よく知っているわけではないが、朔から見て、風伯はかなり人懐こく物怖じしない性格だ。
なにしろ一度は斬りかかろうとしたことのある朔に対しても、避けたりせずに普通に接するのだ。
その風伯が苦手がるとは、いったい何者なのか。
それを尋ねると、銀花は困ったように笑って、「すぐにわかるわ」と言った。
かずらは広い番所を進み、やがてその真ん中で止まった。
銀花と朔の見ている前で、床に手をかざした。
とたん、木の床にぼんやりと、四角い線が浮かび上がった。
妖術によって隠されていた地下への隠し扉が露わになったのだ。
線にそって床板がそっと持ち上がり、その下には、ひと一人がちょうど通れるくらいの幅の階段が伸びていた。
そんなことが起きても、周りの男たちはまったく気づいていない様子だ。
階段を下り始めたかずらと銀花について行きながら、朔は「たいしたもんだな」とつぶやいた。