届屋ぎんかの怪異譚
「久しぶりじゃのう、銀花」
鈴の鳴るような澄んだ声で、しかしそれにそぐわない老獪な話し方で、そう言った。
「久しぶり、萩。調子はどう?」
「いつも通りじゃ。そこの者は、萱村の倅(せがれ)かえ」
萩と呼ばれた女はゆったりと首を巡らせると、朔に目を留めて言った。
「なぜ知ってる?」
驚きに目をわずかに見開き、朔が問うと。
「わらわはなんでも知っておるぞ。そなたの名が朔といい、萱村の長男であることも、十年前の事件の後、どこで何をしていたのかも。ここへ来る前、銀花に口づけをしたことも」
「ちょ、ちょっと萩……!」
慌てたように割って入ったは銀花だ。
「あれはべつに、そんなんじゃなくて! 朔はあたしを助けるために……」
「それも知っておるぞ。だが、これをからかわぬ手はあるまい?」
「萩!」
真っ赤な顔をして憤慨する銀花に、萩はほくほくと笑ってみせる。
それから再び朔の方へ顔を向けると。
「さとり、という化け物を知っておるかえ?」
と、着物の袖を口元に当てて、にんまりと笑って言った。
知っているということも知っているのだろう、と思いながら、朔は頷く。