届屋ぎんかの怪異譚
話が見えずに、朔は怪訝な顔をしたまま何も言えずにいた。
袖で口元を隠しながらでもわかるほど、その様を面白がるように、萩はにんまりと笑みの形に顔を歪めて。
「わらわはその女の屍の腹から生まれた子じゃ」
そう言って、ふふ、と笑った。
朔は唖然としてまじまじと萩を見つめた。
その神聖ささえ感じさせるほど美しい容姿を除けば、どこからどう見ても普通の人間――否、まぎれもなく、普通の人間なのだ。
妖を食らった人間の腹から生まれ、妖の力をその身に宿した、ただの人の子。
そんなものがこの世にあるなど、思いもしなかった。
まして江戸城の地下に隠されているなどとは。
「なぜ、こんなところに囚われている? 大妖の力があれば、牢なんてあってないようなものだろう」
朔が問うと、萩は「いかにも」と、鷹揚に頷いた。
「じゃが、わらわは中途半端な存在ゆえ、さとりの力を制御しきれておらぬ。
結界の張られた江戸城の外へ出れば、頭に流れ込んでくる人々の思念に、たちまち気が狂ってしまうであろうよ。
だから、徳川家の将軍に時折知恵を貸す代わりに、この江戸城に居座っておるのじゃ」
それに、と、萩は続ける。