届屋ぎんかの怪異譚
「ん?」
「朔も昨日眠らなかったの? だったら、あたしの部屋を貸すけど」
朔は考える間もなく首を振った。
「すこしは寝てるから問題ない。狐どもが車の妖を見つけたときに、すぐに動けないとまずいだろ。それに……」
「それに?」
「……おまえの布団でなんか寝れるか」
「変な匂いなんてしないわ」
「そういうことじゃない」
じゃあどういうことだろう、と思ったが、朔が怒ったように、ぷい、と顔を背けてしまった。
そんなにあたしの布団が嫌かしら、と落ち込みながらも、銀花の手は休みなく働いていた。
すり鉢に乾燥させた薬草を入れて、丁寧に丁寧にすり潰していく。
朔にじっと手元を見つめられていても乱れず規則正しい音が、静かに店内に響いていた。
縊鬼の騒動が嘘みたいに穏やかな静けさの中、しばらくそうして薬を調合していると、ふと、肩に重みを感じて、銀花は顔を上げた。
そのまま右を向いて、静かに目を見張った。