届屋ぎんかの怪異譚
――不意打ちもいいところだ。
唐突に思い出したのは、もう遠い昔のように思える昨日のこと。――今の今まで忘れていた、口づけのこと。
やっぱり起こさないでおこう。
そう決めて、銀花は姿勢を正した。
今、朔が起きて顔を見られるのは御免だ。
けれど、そんな都合のいい話はあるわけもなく。
「銀花っ!」
――いや、ある意味とても都合がいいのかもしれないけれど。
一瞬の風の音と、呼ぶ声が聞こえて、銀花は苦笑しながらそう思った。
「ぎん…………か!? ちょっと朔! 銀花に何してんのさ!?」
現れた風伯が、銀花とその肩にもたれる朔を見て目を剥いた。
あまりの騒々しさに、朔の眉がピクリと動く。
「……んだよ、うるせぇな……」
目をこすりながらようやく頭を上げた朔が、風伯を睨みつけた。
「人がせっかく気持ちよく寝てんのに……」
「気持ちよく寝るな! 銀花は布団じゃない!」
「…………は?」