届屋ぎんかの怪異譚
はじめまして、と頭を下げようとして、銀花はふと気づいて止まった。
朔の話によれば、朔の師匠とは赤子の頃に会っているはず。
はじめまして、でいいのだろうか。
そんなことを考えていると、朔の師はフッと笑って、銀花の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
「ちょっ!? あの……?」
「玉響(たまゆら)でいいよ。大きくなったね、銀花」
深みのある声が鼓膜を震わせたとき、ふいに涙が出そうになった。
その言葉を、顔も声も覚えていない母になぜだか重ねてしまった。
「さ、朔は江戸に戻って仕事の後始末があるだろう? とりあえずは帰ろう。あぁすまないが朔、今夜泊めてくれ」
玉響が言うと、朔は露骨に嫌そうな顔をする。
それを見て、あの、と声を上げたのは銀花だ。
「ご迷惑でなかったら、うちに泊まりませんか?
長屋に二人は窮屈でしょうし、うちは朔の長屋の向かいだから、朔に用があるときも行き来しやすいと思うので」