届屋ぎんかの怪異譚
ならばこれは誰かの記憶だ。
山吹のだろうか。それとも月詠の。
(あるいは、白檀……?)
静かな森の中、響く音は自分の足音だけ。
――そう思って、すぐに銀花は、違うと悟った。
パキ、と小枝を踏んだ音は自分のものではない。
そして、じっと耳を澄ませても、銀花の足音は――銀花が辿っている記憶の持ち主の足音は、まったく聞こえないのだ。
そう気づいた矢先、景色の流れが止まった。
記憶の主が立ち止まったのだ。
そっと木のかげから覗くと、さっきまでは見えなかったのに、小さな湖のほとりに立つ娘の姿が見えた。
記憶の主はどうやら、森の中を、足音を頼りに娘の後をつけているらしい。
何をしているのだろう、と、じっと目を凝らして娘を見つめる。
長い黒髪を右肩に流してゆるく結んだ彼女は、湖のそばに屈みこむと、右手を伸ばして水面に指先を付けた。
「月詠、わたしよ」
小さな、抑えた声だったがはっきり聞こえた。
月詠、と、娘はたしかにそう言った。