届屋ぎんかの怪異譚



(なら、あのひとは――)


「また来たのか、山吹」



声がした。

湖の底から響くようなくぐもった声。



次の瞬間、湖の真ん中に光が浮かびあがった。


水に映る月のようなまん丸な光は暗い森を朧(おぼろ)に照らし、その中から、白銀に輝く髪を揺らしながら、一人の青年が現れた。



水の中から出てきたにもかかわらず、青年の腰まである長い髪は少しも濡れていなかった。


さらさらと髪をなびかせて、青年は水面を渡り山吹に近づいていく。


絵巻に見る海の向こう清国の皇族が着ているようなゆったりとした衣も相まって、その人間離れした美貌は、彼が鬼であることを忘れそうになるほどに神々しい。



(あれが、水月鬼……)



あまりの美しさに、銀花はしばらくその青年に見惚れた。


幻想的と言えるまでに綺麗な彼が、自分の父であるなどと、どうしても信じられなかった。



「月詠! 会いたかった!」



山吹が歓声を上げて、月詠の首に抱きついた。


あまりに勢いよく飛びついたせいで月詠はよろめき、そのまま倒れて尻もちをつく。


けれどしっかりと山吹を抱きとめた彼の顔は、穏やかに笑っていた。



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